6年ブログを続けて、
それでも実らなかった理由。
6年、いろんな副業に手を出してきた。SEO、デザイン、AI、写真、音楽。触っては、次に移った。
でも、一つだけやめなかったものがある。ブログだ。
6年、続けた。器はずっと、これだった。なのに ―― 収益は、ほとんど出ていない。
続けたのに、実らなかった。長くやっていることと、結果が出ることは、別の話だった。
なぜか。ずっと考えて、最近ようやく、正直に認めた。
いつも、書く中身より、デザインに時間を使っていたからだ。
配色を決める。余白を整える。見出しをどう見せるか、何時間も迷う。その時間は、楽しい。
でも、そうしている間に、記事は増えない。1本を美しくしている間に、書けたはずの何本かが、消えていく。
凝ることは、いつのまにか、書かないための言い訳になっていた。
「作れる」ことが、罠だった
たぶん、作れないなら、こうはならなかった。
デザインができる。サイトも組める。だから、いくらでも凝れてしまう。
ここをもう少し、この余白をあと少し ―― きりがない。できるから、やめられなかった。
しかも、凝っている間は、充実している。手は動いているし、何かを作っている感じもある。
サボっている気は、まったくしない。だから気づけなかった。それが、前に進んでいない時間だということに。
でも、数字は正直だった。時間をかけて1本、きれいな記事を作る。
その間に、ラフでも何本も書いた人のほうが、検索で上に来る。読まれるのは、そっちだった。
結局、中身と本数だった。デザインじゃなかった。
6年かけて、やっと分かった。
足りなかったのは、センスでもスキルでもなくて、「完璧じゃなくても出す」こと。それだけだった。
だから、逆をやる
このブログでは、その逆をやります。
見た目は、一度決めた形のまま、もう触らない。
凝りたくなったら、それは「書かないための言い訳」だと思うことにした。
時間をかけるのは、中身と、本数にだけ。
実際 ―― この記事も、凝らずに出しています。
配色も余白も、いじっていない。その時間で、次の1本を書くことにしました。
たぶん、これがいちばん難しい。作れる人ほど、作り込みたくなる。
でも、そこを我慢できるかどうかが、6年変わらなかったものを変えられるかどうか、なんだと思います。
続けることは、できた。あとは、実らせるだけです。

